更新停滞・作品ほぼ消滅中

光る君への不倫が嫌なわけじゃないのよ

大河ドラマ・光る君へ

フィクションは道徳を教えるものじゃないよ切り分けて考えなよ、と言われると違うんです!!!!と大声で反論したくなります。ここでしちゃお!

不倫を描くことが許せないわけじゃないです。不倫したならば不幸になれ報いを受けろと言っているわけでもないです。主人公(正義)側が不倫するなというわけでもないです。単純に、宣孝が父親であるという可能性が高いという史実状況を道長父親に変更するフィクションってすごい捏造じゃないですか、エネルギーめっちゃ使うじゃないですか。現実でもフィクションでもよくないこととして描かれることじゃないですか、それを歴史上の人物にくっつけるんですよ、そこまでするなら面白くないと嫌なんです。

面白くないから文句言ってる。

その社会じゃ許されない中ででも突き進んでしまう悲恋硬い意思情熱、みたいなのを描きたいのかな?そうじゃなさそうだ。

お互い家庭があるのにずるずる関係を続けてしまう中年の気持ち悪い人間臭いもつれを描きたいのかな?これでもなさそうだ。

不倫関係があることで家庭や周囲が崩壊していくじわじわ蝕まれていく様を描きたいのかな?これでもないですよね。

自らの出生の秘密を知りその後の人生に大きな影響を及ぼす大弐三位が実は主役?そんなわけありませんわよね。

しょーもないメロドラマ、昼間に洗濯物畳みながらみるドラマ、頭遣わずにぼーっと見ていられるドラマ、そんなもの求めていないのです。「大河ドラマ」と銘打っている以上。不倫を扱っても文学たるものはあると思いますよ、語り方や比喩やなんやらで変わってきますよ。しょーもない不倫なんて人間の業でも深い思考の末美しい文章でつづられれば、赤裸々に告白されれば、文学足りうる。でもこのテレビドラマは違いますよね。全体的に軽く明るくコミカルに、シリアスも仰々しくとってつけたようで、意味深に視線をやるだけで。

何の理由もなくなんとなく不倫してたっていいだろって?いやいやいや、大層な捏造をたくさんしているじゃないですか、ドラマチックな見せ場のために。それなのに核となる不倫関係に意味がないなんておかしいですよね。

いったい何を見せたいの?何がしたいの?政治劇とメロドラマを交互に見せようって目的?主役二人を恋愛関係にしないと描けないっていうの?その捏造した関係性、全然効果的じゃないです。

最初の超貧乏無職母なし家庭の藤原の傍流下級貴族であれば、まあ有象無象の愛人の一人にもなれない、っての受け入れられます、一応。好みや史実とは別にして。でももう五位の国司の娘ですから…夫もなくなっていて。もう激しい愛情はないけどお互い理想の政のために信頼し合っているの、じゃなくて完全に男女の目線のままじゃないですか、それなら正式にお手付きとすればよろしいのに。女房間でも噂になるくらいなんですよ?コソコソしている方がおかしいのです。平安時代っぽさはこういう薄暗い性に奔放なところなのよね!って言いたいんでしょうか。でもそれなら隠れている意味がありませんものね、何がしたいのやら。

推敲をまったくしないまま、構成もまったく考えずに書き始めたら酷い日記になってしまいました。しかしこの悲しみ怒りをぶつける場所がないのですもの……わが城でくらい留飲を下げさせてくださいな。とりあえず、ここまで。

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