◆045・この恋の結末が見えた(現パロ)
「幼馴染ぃ?」
「そうだ」
しかも幼稚園から大学までずっと一緒の、正真正銘の幼馴染。窓をノックして行き交う、フィクションも真っ青な中の幼馴染。
学科専用の講堂でがっくりと机に顔を伏せる留三郎に、伊作はかすかな記憶を辿って反論した。
「でもたしか、文次郎って同じ高校出身がいないと言っていたよね」
それで一人食堂にいたところを相席になったのが彼と出会った最初だったのだ。いかにも真面目な堅物といった風貌の文次郎が、一見軽薄にも見える留三郎にちょっと辛めの一言を発して、入学早々喧嘩になった。そして留三郎は彼に恋をした。
留三郎もあの頃を思い出したのか懐かし気に目を細め、そして悲痛な声を絞り出す。
「俺もそう思ってたよ」
でも違った。
「あいつと同じ学科の奴に聞いたんだ。入学早々留学していたから、それで一人だったって。まるで彼氏みたいに一週間前に帰国してから二人べったり一緒だって……」
ずびと鼻をすすりながら話す留三郎は、まったく子供のようだ。これは早急に手を打たねばならないぞ。伊作はそう決意した。もちろん長年の友情のためであって、けして毎晩の愚痴に付き合わされたくない、という心理からではない。
「本当にそうかは分からないだろ?一度見たいよ、その仙蔵って奴」
「なるほど」
留三郎に連れられて英文科のラウンジに居座った伊作の第一声はそれであった。なるほど。
「わかるだろ……?」
留三郎の絶望的呻きが上がる。
「まあ、これはね」
件の彼は噂通りの美形であった。艶やかな黒髪は長めに整えられ、色白でほっそりした身体はしかし必要十分な筋肉がしっかり付いていることは明らかで、やや傲慢そうな顔つきも笑えば朗らか。だがいつでも一緒と噂されていた文次郎の姿はなかった。
「僕は留三郎の方がイケメンだと思うよ。好みの問題だけどさ」
「あいつの好みはどっちだと思う?」
「うーん……僕は文次郎じゃないから……」
ここで絶対留三郎だよ、とでも言ってやらないところが伊作が伊作である所以である。
「おまえも仙蔵だって思ってんだろ。いいよ、言えよ」
癇癪一歩手前に留三郎が促す。正直に言えば文次郎は顔の美醜ではなく人間性自体に惹かれると思う、思いあってきた長さが長いほど有利なのではないか……という身も蓋もない意見だったが、伊作はこの気のいい親友を完膚なきまで潰すのは憚られた。
出口のない会話の中、二人の下へ歩む人影があった。
「私に何か用か?」
テーブルに来た仙蔵は、驚いて顔を上げた二人をみてちょっと目を見張った。すぐに平静を取り戻したが、次に口から出た言葉ははっきり喜色を湛えていた。
「留三郎くんと伊作くん、だったかな。教養科目で一緒だった気がするが」
「……知ってる。心理学の講義だろ」
覚えられていたことに驚きながらも留三郎が答える。今期選択した講義の中で、唯一知らない人間がいたから目についたのだ。的確で冷静なディベートぶりが印象的だった。……まさか文次郎の元恋人だと思わなかったが。
「覚えていてくれたか」
嬉しそうに笑う仙蔵を見ると、勝手に嫉妬している事実に罪悪感が湧く。元来留三郎は優しい男なのだ。誰かを憎むことも嫌うことも得意ではない。
伊作が不思議そうに問い返した。
「僕のことはどうして?」
「ああ、……文次郎から聞いて。文学部の文次郎だよ。私の友人なんだ」
「友人、ね」
「ああ。文次郎も後から来ると言っていたが……もしやあいつに会いに来ていたのか?悪かったな。知っていればサークルなど後にしろと言っておいたのに」
自分の言に従って当然のような物言いも、この男にあっては似合っているように思えた。自分とは意見がぶつかってばかりの文次郎も、彼とは素直に行動を共にするのだろう、とその光景が鮮明に浮かんだ。
現に自分たちの来訪を連絡してくれたらしく、スマートフォンに「早く来い」「了解」とごく短いメッセージが表示されていた。絵文字も何もない簡潔な文だけに、それが許される関係であることが羨ましい。
「一方俺の幼馴染は伊作という有様だ」
「まるで外れのように言ってくれるじゃん」
ぽろっと零れた言葉はすぐさま自身の幼馴染に拾われ、仙蔵がおかしそうに笑った。
「なんだ、不満なのか?」
私はおまえたちと昔からつるんでみたかったよ。何気ない仙蔵の言葉にも胸が痛む。俺は、おまえの幼馴染といたかったんだ。恋人になりたかったんだ。
無言でうつむいた留三郎を不審に思ったか、仙蔵が覗き込む。
「どうした?」
答えたくない、と思ったその時伊作がきっぱりと言った。
「仙蔵が文次郎の元カレなんじゃないかって気にしてるんだよ」
「伊作⁉」
「もううだうだしてるなら聞くべきだよ。いつもの勝負だって負けん気はどうしたのさ」
「にしても急だろ、だって……いや仙蔵、別に俺が彼氏になりたいとかじゃなくって……!」
あたふたと取り繕うそばから墓穴を掘る留三郎に、一瞬黙った仙蔵は盛大に噴き出した。
「え、」
「あ~笑った。彼氏だのなんだの言われるが、あれと付き合ったことはないぞ」
「ただ私が文次郎に一途なだけだ」
「え……」
「んん、言葉の綾だな、すまん。恋愛的な意味ではないよ」
ひとしきり笑った仙蔵は伊作の隣に座ると、軽い調子で話し始めた。
「高校まで一緒だったから隣にあいつがいるのが普通になり、留学中もどうも落ち着かなくてな。帰国後私が思うより奴にくっついていたらしい。そうしたらなんだ、付き合ってもないのに元鞘に収まったと噂されて弱った」
だから最近は別行動することも意識している、と続ける。
「文次郎の奴も恋人だぞ言われて戸惑っていたからな、これを機に――と、噂をすればなんとやらか」
「仙蔵、となんで二人が?」
不思議そうに文次郎が近づいてくる。きょとんとした顔も可愛いと思えるのは惚れた弱みか。
「おまえに会いたかったそうだ。留三郎が」
「ちょっ……」
「留が?なんで」
普段から癖付いた眉間の皺をますます深くして文次郎が問う。
「会いたいに理由はないよ。おまえに恋人がいるかどうか気になって、いてもたってもいられなかったらしい」
すらすらと仙蔵が答え、留三郎は真っ赤になって立ち上がった。
「おい仙蔵!なに分かった風に言ってんだよ!」
「自分じゃ言えないから伊作と来たんだろう。感謝してくれていいぞ」
すました顔で仙蔵はコーヒーを飲み干し、
「文次郎も誤解がとけてよかったな。留三郎にどう言おうとうじうじ気持ち悪いったらなかったぞ。あとは若い人で楽しんでくれ。あ、お代は文次郎に」
手をひらりと振って立ち去る姿は最後までスマートだった。
「すごい人だね……」
呆気に取られて伊作がつぶやくと、いつものことだと文次郎が答える。
「あいつは自由すぎるんだ。勝手に俺の予定も決めるし……」
「勝手に自分の気持ちを代弁するし?」
ばっと顔を上げて伊作を見た文次郎の顔は真っ赤だった。仙蔵の言葉を聞いてから文次郎を凝視している留三郎と同じくらいに。
「僕も行くよ。当て馬にされちゃかなわないからね」
あとは二人でごゆっくり。
※後書きという名の言い訳※
仙蔵だけ薄く記憶持ち転生。六いはズッ友、それはそれとして犬猿がくっついてハッピー♡というネタメモ。
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