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2026/2/8留文オンリー全文サンプル

特別展(掌編)特別展

◆Paint it(現パロ)

憧れの会社に入社して半年。研修期間を経て各部署へ配属となった新入社員たちは、晴れがましい顔で本社へと足を踏み入れた。団蔵もそのうちの一人である。
「加藤の配属はどこ?」
隣を歩く同期が尋ねる。財務部経理課だと答えると、彼は驚いた顔をしてみせた。
「その字でぇ?」
「言ってろ」
団蔵とて戸惑わなかったわけではない。希望部署の三位にも記入しなかったし、大学の学部と関係もない。だがそれも縁だと全力で取り組む気でいた。
「それに今時手書きなんてないだろうし。俺だって計算は人並みに得意だよ」
それもそうかと笑った同期と分かれ、いよいよ財務部の前に立つ。今日は初回だから先輩社員による案内だけだと聞いていた。深呼吸してドアに手をかける。

「加藤団蔵くん?」
ちょうどドアが開き、よく通る声が団蔵の名前を呼ぶ。声の持ち主は綺麗に撫でつけられた髪にネイビーのスーツを端正に着こなした男で、団蔵といくらも歳が違わぬように見えた。彼はドアをあけ放ち招き入れると、
「地獄の経理課へようこそ」
にっこりと天使のごとき笑みを浮かべ言い放った。

出迎えてくれた社員は田村三木ヱ門といい、団蔵の三つ上だった。会計課は少数精鋭――といえば聞こえがいいが要は人手不足なのだ、と田村は言った。「それでもこの人数で月決算でも二徹で帰れるんだ。すごいだろう?」こう誇らしげな姿は少々狂気を感じた――のため、数人に挨拶するだけで済んだ。
「潮江先輩、お時間よろしいですか」
こう田村が最後に声をかけた男は、資料だらけのオフィスの中でもひときわうず高い書類の山に埋もれていた。くるりと椅子を回転させた彼の眼光に思わず竦む。団蔵か、とつぶやいて彼は立ち上がった。

「潮江文次郎だ。よろしく」
差し出された手は大きく熱く、握る力は強く優しかった。
「見てのとおり大変な部署だ。だが新人サポートを怠る気はないから、必要なことがあれば何でも聞いてくれ」
真っ直ぐに見つめられた瞳は真剣な光に満ちており、団蔵は思わず背筋を伸ばした。この人がいるならきっと大丈夫。

ふと潮江のデスクに目がいった。物は多いがすっきりと整理されたデスクの片隅に、それは無造作に置かれていた。団蔵の視線に気付いたか田村が腕を引っ張った。
「失礼だろう。他人様の机をじろじろ見るんじゃない」
「すみません」
「構わんぞ、田村。どうせ聞かれることだしな」
潮江が振り向き、ひたりと団蔵に目を合わせた。
「これはな、今はいないから」

手に取って表面の埃を払う。ごくシンプルなフレームに収まった写真は、男性が二人映っていた。一人は今より若いプライベートの潮江で、案外ラフなブイネックのシャツを着ている。もう一人は潮江と同じくらいの背格好だが、とても似ているとは言えない男だ。長めの癖毛に涼し気な目元、深緑の浴衣を身にまとい潮江の肩に手を回していて、親密な間柄であると見て取れた。丁寧に汚れをぬぐう手つきは、普通の友人とも思われない。写真をじっと見て眉も目じりも下げたその目つきは、隠しきれない愛しさに溢れていて。……同時に二度と取り戻せない何かを見つめる哀しさに満ちていて。兄弟、いとこ、親友、もしかしてパートナー……迷った末に出た言葉は、
「――ご家族ですか」
ためらいがちに発された言葉に潮江が笑う。なんだか的外れなことを言った気がして、団蔵は顔を赤らめた。困った顔をしていた田村が口を開いた。
「だんぞ――」

「文次郎!」

その時入り口から鋭い声が上がった。田村はあちゃあ、とでも言いそうな顔をしている。
「おまえ!また!そうやって新入りをからかって!」
ずかずかと部屋を突き進んできたのは写真の中の男だった。ただ爽やかな笑みは憤怒の表情に変わっていたが。
「俺は事実を述べただけだ。この男は『今は』いないし、俺の家族であったこともない」
「出張中の恋人のことを『今はいない』なんて言う奴はおまえだけなんだよ!」
愛おしげな表情から一変、潮江は元の頑固一徹といった顔に戻り、とりつくにべもない。

「田村からも言ってやってくれ」
憤った様子で男は助太刀を求めた。はあ、と田村がため息を吐く。
「潮江先輩、やめましょうよ。悪趣味ですよ」
「ほら後輩もこう言ってるぜ!」
男が文次郎に突きつけた指にはシルバーのリングが光っていた。
「無理やり言わせても意味がないな」
「いや思ってるに決まってんだろ……!」
「これが始まると仕事が終わらないんだよ……」
田村は諦めきった様子で、「行こう」と団蔵を誘った。ドアを閉める最後まで言い争う声は耳に届いた。

部屋を出て廊下を並んで歩く。
「初日から変なところを見せて悪かった」
田村が詫びた。
「普段の潮江先輩はとても頼りになる方だが、食満先輩が絡むといつも喧嘩になるんだ」
相手の男は食満留三郎というらしい。薬指のリングからしてパートナーなのだろう。潮江の手にはなかったはずだが、普段はつけない主義なのだろうか。みなにバレたくないから?
「ツンデレってやつですかね」
「惚気は業務外でしてほしいよ」
どうやらオープンな関係なようだ。

(おまえのことじゃない、か)
部屋を出る前に聞こえた言葉がよみがえる。「俺が見てるのはおまえじゃない。おまえじゃないんだから気にしなくていい」どういうことなのか?写真はたしかに食満だった。かつての食満を懐かしんでいるだけの質の悪い冗談?いや、あの写真を見る潮江の顔はそんなもんじゃなかった。愛おしくてたまらないのに手に入らない何かを欲する顔。出張中の寂しさをキツいジョークで紛らわしている、なんてこともしない人だ。根拠はないけれどそう思った。

何が違うのだろうと考えてみても、髪の長さくらいしか分からない。今日出会ったばかりだから当然だけれど、でもどうしても気にかかってしまう。肩までの黒髪をポニーテールにまとめた少年と、好青年そのものな先輩社員と。
団蔵にはどうしても、おまえじゃないという潮江の言葉が本気にしか聞こえなかったのだった。

※後書きという名の言い訳※
もっとコンパクトにして潮江だけが記憶持ち転生で、かつての食満を偲んでいる……ってのを団蔵目線で書こうとしたメモ。


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