更新停滞・作品ほぼ消滅中

484.指先に光

修復中作品収蔵庫

室町成長・伊留。暗め、死ネタ、モブ出張り…とアレルゲン大量です。文次郎受けではありません!大筋を書いて飽きている。

ふと部屋の隅に目が止まった。瞬間飛び上がりそうになる心臓を押さえ、何とか叫ばずにすんだ。
「どうした?」
怪訝そうに伊作が声をかけ、自分の視線の先を辿る。ああこれ、と納得したように説明する。
「標本のコーちゃん。忍術学園にもあっただろう?いや、でも最後の方は保健室にあんまり置いてなかったかな」
下級生が怖がるもんだから、と笑う。
「私も驚きましたよ。まさか引き取っておられたなんて。昼でも不気味ですね…」
ちらと見やるが、分かった上でもやはり不気味だ。なんだか前より綺麗なように見える。成人男性の全身骨格標本がまっすぐに立ち、足元には小さな壺が置かれている。日の当たらないよう調整されているらしく、深緑色の布が肩にかけられていた。
「にしてもよっぽどお好きなんですね。まだ置いてらっしゃるなんて」
「大事な相棒だからね。『置いてある』じゃなくて一緒に住んでるんだよ」
「はいはい、分かりました」
元の調子を取り戻してぞんざいな返事をしてみる。善法寺の物好きは健在のようだ。
「用件はすみましたし、私はこれで」
手早く荷物をまとめると玄関を出る。
「ありがとうございました、先輩」
「うん、またね」

帰り道も順調だった。予定より早く片付いたから久しぶりに学園に寄るのもいいかもしれない。双方利する話を入手したついでだ。ちょうどかつての同胞や先輩に会えたことだし、手土産話として不足はなかろう。そうと決まれば急ぐが善。荷を縛り直すと樹上を駆けていった。

当時の担任は不在だったが、保健委員会の面々は揃っていた。不運だなんだ言われていたけど、運のいいこともあるものだ。今や委員長となった後輩はそれを聞いて笑った。
「善法寺先輩がいらっしゃらないのですから、もう僕らはとんでもない不運じゃありませんよ」
「委員長、保健委員に選ばれるの4回目なんですよね?不運継続してません?」
茶々を入れる下級生は見かけない顔だ。自分が卒業した後に入った子だろう。ちょっとした不運はこの委員会に入る者の宿命だよ、と混ぜっ返されて笑っている。
「まだお時間ありますか?お茶を淹れてきます」
保健室に案内され、懐かしい室内を見渡す。ふ、と隅に目が止まる。
「お…」
「どうされました?」
委員長が不思議そうに尋ねた。
「あれ…」
指差した先を見て苦笑する。
「ああ、もう置く場所がないからあそこが定位置なんです。先輩もご存知でしょう?」
何でもないように言う後輩に落ち着きを取り戻す。変な奴はたくさんいるもんだ。
「そうだったな……名前は?コーちゃん2号とか?」
「何おっしゃってるんですか。ただのコーちゃんですよ」
善法寺先輩が残していったんです、との声が遠くに聞こえた。それから何を話したか覚えていない。部屋を出て職員室で挨拶して正門を出て、気づいた時には家に戻っていた。まさか伊作先輩が。
「……あの人が人を殺すわけがない」
声に出していた。きっと何か理由があってのこと。家は知っているのだ、聞けばすぐわかること。思考を振り払うように布団に潜り込んだ。

その日はあっさりと訪れた。
街へ買い物に出かけた際、偶然善法寺とあったのだ。こちらの挙動に思うところがあったのだろう、あちらから自宅へ招いてくれた。
「気になってたんだろう?ずっと視線がコーちゃんに向いてるよ」
まだまだ半人前だねと笑ったのち一瞬で表情が消える。すっと空気が冷えた。真剣な表情でこちらを見る。
「その態度じゃ学園に行って見たんだね?安心して。僕が殺したわけじゃない」
眼差しに嘘はなかった。
「医者の真似事をしている時に譲り受けたんだ。研究のためにありがたく使わせてもらっている」
「……本当ですね?」
「嘘は言わない。嘘をつく意味はないだろう」
善法寺の目は揺らがない。ふう、と息を吐いた。
「わかりました。信じます」
「ありがとう」
善法寺も頬を緩めた。
「私、先輩がおかしくなったのかと思ってしまって。すみません。先輩は変わらないですね。やっぱり優しくてカッコいい」
ちょっぴり運が悪いですけど、とも付け加える。
「最後の言葉は余計じゃないか?」
そう言いながらも善法寺は明るく笑っていた。

かつてのように柔らかな雰囲気を纏った後輩を見送り、善法寺は戸を閉めた。今日は街に行くだけの予定だったのに、すっかり日が暮れてしまった。
「遅くなってすまない」
『コーちゃん』の前に座ると、買い物包から小さな壺を取り出す。
「白さを保つためには必要だからね」
粘つく軟膏を静かに塗り広げる。
「それにしてもお前を他人だと信じるなんてね」
骨の小指、薬指、中指、一本一本を丁寧になぞる。かつて自分より大きく長く、のみやトンカチで荒れていた手のひら。
「骸骨を手に入れたくて殺しただなんて凡庸な考え方さ。あの視線気づいたかい?とんでもなく悍ましいものを見る目だったよ。そう簡単に人は狂えないというのに、まだまだ青いよねえ」
話し続けながら丹念にすりこんでいく。
「柔和な笑みのちょっと抜けているけど頼りになるセンパイ。笑いすぎておかしくなりそうだよ。……いや、演じているわけじゃない。可愛い後輩だよ。でもたまには疲れる日があるんだ」
はらりと全身を覆う布を落とし、ゆっくりと滑らす、頭から足の指まで。
「僕が狂うわけにはいかないじゃないか。狂ったら誰がお前を見てくれる?」
優しい、お人好しの、ちょっぴり運が悪い先輩。そうであったらどれだけよかっただろう。変わらなければ守れないものもある。誰かが彼を、彼と、一緒にいなければ。
「同室なんだから」
善法寺はそっと留三郎を握りしめた。

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