室町仙文。記憶をなくした文次郎。仙蔵はちょっとあかんタイプの彼氏かもしれない。って王道を書きたかったやりかけ。
「大声で言うものでもないだろう。こんな状態で隠しておくのも無意味だから言っただけだ」
「いったいいつから?まったく気付かなかったが…」
長次が借り出した書物は南蛮の奇術師について記述があるらしい。
ろ組の二人と留三郎に引きずられるように出て行った文次郎を見送り、保健室には二人だけが残された。薬研を擦る音にときたま書物をめくる音が混ざり、ここしばらくなかった沈黙が続いた。やがて伊作が口を開いた。
「本当に付き合ってたの?」
「なぜそんなことを聞く」
本から目を離さずに仙蔵が尋ね返した。
「患者の負担になることはしたくないからだよ」
「おまえには分かるかもしれないと思っていたよ」
仙蔵は肩をすくめ答えると、おもむろに立ち上がった。些細な悪戯を咎められた子供のように、少しも悪びれもせず続ける。
「ちょっとばかし荒療治をしただけだ。方向音痴の手を引いてやったようなものだな」
「本人が行こうとしていない道を行くことがおまえの親切?」
「迷っている者が正しい道を知っているか?」
「質問に質問で返すつもり?」
「求める答えでなければ不満か?『おまえの思う通りだ』。これでいいか」
「……たとえ間違っても迷っても、いずれ辿り着く道なら一人で行くべきだと思うよ」
「私も同意見だ。なんだ、争うことないじゃないか」
軽い笑い声を立てて仙蔵が言った。
「仙蔵が思う道の先と僕が言うそれは違うよ」
「あいつに告げるつもりか」
やけに平坦な声で仙蔵が尋ねた。
「まさか。言っただろう、僕は患者の負担になることはしないよ」
「そうか」
「正しくはないと分かってるだろうね」
「もちろんだ。正直賭けだった。だが私たちは級友だからな。おまえはそういう奴だろう?」
「今度一緒に市へ行こう。よい薬草売りを見つけてな、私のアルバイト料は委員会に回さずともよいから」
いくらか明るい声音でそう言うと、仙蔵は戸口に手をかけた。伊作は調合を再開した。きっと二人は──仙蔵は上手くやるだろう。まるで今回の騒動は最初から何もなかったかのように。
「嘘だったなんて誰も思わないだろうよ」
自分一人の胸に納めるには大きいんじゃないか、と伊作はため息を吐いた。医者が患者もろとも溺れるわけにはいかない。けれど二人はちゃんと泳ぐことが出来るのだろう。仙蔵は病み上がりの恋人を気遣って同室の級友以上の距離感を崩さないだろうし、それに対して文次郎が罪悪感を覚えることは想像に難くない。借りを返そうと自分から動いていくだろう。無理矢理じゃないだけにかえって質が悪い。
「付き合っていなかったんですなんてね」