現パロ高校生こへ文。文化祭の準備をしているだけで内容ないです。物思い小平太が好きってだけの短文。
五月半ばの土曜のこと。昼下がりの高校では大勢の生徒が騒いでいた。二日連続で行う学園祭と体育祭がほど近く、追い込みのために殆どの生徒が登校しているのだった。
生徒会も例外ではなく、生徒たちの監督のため目の回る忙しさである。ひっきりなしの訪問者がふと止んだ休息時間、そこへ駆けてくる足音が一つ。
「文次郎いる?」
ろ組の七松がひょこりと顔を覗かせた。
「小平太か。どうした?おまえ体育祭の練習じゃないのか」
「今日はクラスの方。全員集まってなかったから」
七松はひらひらと右手に持ったコピー用紙を扇いで見せた。
「劇の確認頼もうと思って」
クラスの出し物として人気の演劇だが、昔とんでもない内容を強硬した輩のせいで、生徒会の検閲なしには上演できないことになっている。と言っても形式的なものだから、生徒会員の誰かが見たと言えば問題ないのだが。
一息つこうと思ったところだが、どうせ後がつかえるだけだ。潮江は手を伸ばして台本を受け取った。
「ろ組が全然見せにこなかったやつだな!ちょうど俺も催促しようと思ってたんだよ。…恋愛もの?おまえが監督で大丈夫か…」
表紙の監督名に疑念を呈した台詞は小さく消えていった。しばらく台本をめくる音だけが響いた。真面目な会計係は精査してくれるらしい。ここまで来て脚本変更と言われても困るけれど、休憩時間を潰してやるつもりではなかったのだが。
適当にすまして帰るつもりだったが、時間がかかるらしいと見て、七松は空いている椅子へ腰掛けた。大きく開いた窓から、やわらかな風がためらいがちに潮江の髪へまとわりつく。外の桜は成長まっさかりに青々しく、葉が揺れるたびに部屋の中に光が踊った。木漏れ日を何とはなしに追いながら、七松はあくびをした。
生徒会室は会長の立花と会計の潮江のおかげで、常に綺麗に片付いている。二人とも整理整頓された部屋が好き──意外に思われるが主に潮江が。年度別に立てられたファイル、学年カラーに合わせたラベル、ブックエンドは絶対に百均のもの。本棚の隅々まで潮江の癖が現れている。立花はこれもまた意外なことに文句を言わず、潮江の決めたことは自身の決めたことと同じと素直に従っている。
七松が同じことをしても絶対に許さないことでも、立花であれば当然のように受け入れている。なにせ二人は6歳からの幼馴染と聞く。6年間を共にしたとて、割り込めない絆がそこにはある。悔しいけれど変えられない。年月だけの問題ではなくて、同じ6年間でも太刀打ちできない時もあったけど。「それは同室みなに言えることだからなあ」思わず口をついて出たが、潮江には聞こえなかったようだった。ちらと見やるとチェックはまだ半分にも達していない。七松はふたたびぼんやりと部屋を眺めた。
反対の壁には生徒会訓示が張り出されていて、やたら力強い文字でデカデカと張り出されているものだから、知らぬ間──不在の会議にかぎって都合の悪いことは起こるものだ──に訓示を決められていた食満が「なんであいつのモットーが生徒会全体のものになってんだ!?」と叫び声を上げていた。あの時の取っ組み合いは見ものだったな。七松は思い出して笑いを噛み殺した。昔からあいつらの喧嘩は面白かった…いつも見物したいものじゃないが。緑色が真っ赤に染まった頭巾がよく見つかって、下級生が悲鳴をあげていたっけ──。
暖かな日差しに涼しい風、遠くから響く下級生の声。そんな環境がいけないのだろうか、いつもは押し込めている風景が次々と浮かんでくる。七松は頭を振った。
部屋でぼーっとしてるのが悪い。何をしに来た?脚本を見せに来た。それだけ。早く終わらせてくれればいいのに。七松はぐいと姿勢を変えて潮江を見た。
台本は後少しのところまできたらしい。頬杖をついて、片手は文章をなぞって動いている。伏せたまつ毛は案外長い。普段こちらを見つめる大きな目は可愛いと言ってもいいくらいだが、こういう常のうるささがない瞳は結構クールだ。真剣に文字を追う唇が時折開閉する。ロ、ミ、オ。ああ…誤字のチェックもしてくれてるのか。
邪魔そうに腕の中ほどまで捲り上げられたシャツの下は案外白い。そう、案外とみな言うけれど、運動だけじゃなく生徒会に自習に読書にと励んでいるのを知っている。潮江はそういう奴なのだ。昔からいろんなことが意外だと言われるけれども、会計も鍛錬も読書も…これはよく延滞していて怒られていたが…すべて等しく潮江の中にあるものだ。
あと数ページがもどかしい。今度は胸ポケットからペンを取り出す潮江の仕草に、袋槍を引き抜く姿が重なる。美しい手だった。今よりもゴツゴツとして自分とも鍛錬も喧嘩もして。なにより髪紐を解く瞬間の戸惑いがちな手つき、背中に回した腕、かき抱いた身体の熱さが──ここで本日何度目かの覚醒。しっかりしろ俺。過去を見るな。今だけ見ろ。ピシャピシャと頬を叩く。
「小平太?」
不思議そうに潮江が声をかけた。
「何やってんだ。チェック終わったぞ」
「ああ、すまん。ちょっと眠くて」
「まあこんな天気だしな。それよりこれ、全然持ってこないからどうかと思っていたが、結構面白かったぞ」
やや意外そうに潮江が台本を渡す。
「担任にも評判だった。最優秀は俺たちのクラスだろう」
にやりと笑って七松が言うと、潮江も好戦的な笑みを返した。
「劇ならい組が最優秀は譲らねえぞ。この脚本は長次が書いたのか?」
「いや、違う奴。ピーターパンとロミオとジュリエットを参考にしたけどオリジナル。ミステリー仕立ての記憶喪失話なんだぜ。…下手したら陳腐な台詞だよな。『あなたが忘れても愛してます』とか」
「王道は正義だろ」
「王道とありがちは違う。見ていろよ」
ぽいと再度潮江へ台本を投げる。
「なんだよ、褒めてんのに」
唇を尖らせて言った潮江をまっすぐ見つめる。戸惑ったように台本をめくっている。
「…?ここで台詞でも言うのか?」
七松が大きく息を吸った。
「──たとえお前が忘れても、」
潮江が台本をめくっている。
「──私が私であるかぎり、」
潮江がすぐ顔を上げた。
「おい、台詞間違ってるぞ。なんだよ私って」
「──おまえを愛し続ける」
「…小平太?」
「──愛し続けるよ、文次郎」
数分とも数十分とも、永遠かと思われる静寂が続いた。七松のまん丸な瞳は潮江を見つめ続けていた。風の音だけが響いた。ゆるやかな風が不意に強くカーテンを揺らした。
実際はほんの数秒のことだったのだろう。スッといたずらっ子のような光を目に戻して七松が笑った。
「どう?なかなか上手いだろう」
「おまっ…びっくりさせるなよ!アドリブばっかじゃねえか」
大きく息を吐いて潮江が言った。せっかく俺がペン入れしてやった箇所だったのに無視しやがるし、聞いてるか、と言うかなんでいきなりやりだしたんだよ、云々。焦りを隠そうとするとお喋りで少し攻撃的になる、これも昔からのこと。まだまだ潮江は子供なのだ。
「すまんすまん。だが演劇は観客みんな惚れさせてこそと言うだろう?文次郎、私に惚れたか?」
「バカ言ってんじゃねえよ」
はあ、とため息をついて潮江は手を振った。
「もうそろそろ休憩終わりの時間だ。皆来るから帰った帰った」
額に手を当てて呆れている潮江を見て、七松はにっと笑った。この笑顔はずっと変わらないと自負している。腐れ縁の長い付き合いの、明るくて騒がしくて大事な友人の笑顔。何も押し付けない笑顔。思い出してほしいだなんて、少しも思わせない笑顔。これは何も変われない自分の得意技なのだ。明るく溌剌とした声音もいつだって作り出せる。この場にふさわしい別れの挨拶。
「じゃあな」
短く告げ、振り返らずに走り出していく。
廊下の奥へ消えていく七松の背中を、奇妙な表情で潮江が見つめ続けていた。