ごく短いテキストだけど完成させず放置したらしい。クライマックス部分がない。仙文。失恋。
夏は嫌いだ。
同じ言葉ばかりが脳を巡る。教室中にシャーペンを走らせる音が響く中、自分のノートは数行で止まっていて、真面目な立花には珍しいことだった。
窓際うしろから三番目。それと七月。六限のプール後。プラス国語。で、作文。
(眠れと言っているようなものだ)
『主人公はなぜ』と書いたっきり机から動かない教師をちらりと見る。大人だって溶けていく暑さだぞ。言い訳しつつペンを叩く。
つい最近変わった新しい席は見晴らしも居心地も最高だが、心地よすぎるのだった。疲れた週末の猛暑日にそよ風ときたら、夢の世界へまっしぐら。とりとめない思考に身を任せ、ペン先を透かしてみていた時、ふいに雲が退けたのか飛び込んできた眩しい光に顔を向けた。
(ろ組とは組はサッカーか)
窓の外ではボールを追いかけて同級生がもみくちゃになっている。ひとり抜き出た少年の、勢いよく弾んだ球がキーパーに激突した。慌てて介抱に向かう男子はいつも彼に巻き込まれる相棒らしい。思わず吹き出しそうになって慌てて目をそらす。
(駄目だな、集中しないと)
ペンを握りなおしたものの書き出しもさっぱり浮かばない。仕方なく、少し落ち着こうと今度は教室に目を向けた。
しっとり濡れたハーフ・アップだとか、柔らかそうなボブ・カットだとか、もう乾ききった坊主頭だとか、高三にもなれば皆それなりにヴァリエーションがあって、こだわりのお洒落も感じられるものだ。が、リンス入りシャンプーで満足していそうな硬くぼさぼさの黒髪は、昔から変わらない。斜め前に座るその生徒は、少なくとも八年は同じ銘柄を使い続けているのだ。
この席になってから潮江が目につきやすい。毎日の部活動で日焼けした肌。手は素早く文字を綴っていく。きつく握ったペンが止まると、ちょっと悩んだように消しゴムに手を伸ばし―やはり止めてペンを握りなおす。と、ぶしつけな視線に気づいたように首をこちらへ向けた。そうだ、昔から自分の気配にさといのだった。や・れ・よ、と形作られた唇を読み取り、立花は笑みを浮かべた。
「うわ、見ていたのか」
留三郎がバツの悪そうな顔で笑う。
「ってか仙蔵も窓際なんだ。まいっちゃうよなー、毎回蜂が入るとかさ」頬にガーゼを当てた善法寺が眉を下げた。
「いや、い組の外に蜂の巣ないから」
「は組でも毎度襲われるのは伊作くらいなもんだぞ」
額の汗をぬぐうと、ちらと視線をよこしてきた。お前は?と目が語っている。
潮江はほのかに頬を染めて答えた。あいつは暑いとすぐ顔が赤くなるんだ。ほら、いつも隈を作っているだろう?皮膚が存外センサイなんだよ。知っている、幼馴染だからな―
「ちょっと、仙蔵、大丈夫?」
不安そうな善法寺の声が聞こえた。
「顔色が悪いよ。熱中症か?」
蝉の声はしみ込んだりしなくて、耳の奥で全てがぐちゃぐちゃになるだけだった。わんわん反響するのは蝉だけだった。
雲はひとつもなくて、太陽は真上に照り付けて、同じような猛暑で。そのくせ風はおざなりに吹くだけだった。
夏は、嫌いだ。