なんちゃってファンタジー。留文の予定なのに六はの会話部分だけ書いている。
夥しい数の信号機が捨てられ忘れ去られ朽ち果てていく場所。
「灯森なんて呼ばれているけどね。誰もいやしないのに輝き続ける不毛な地だよ」
今じゃ性能のいい石は滅多に入手出来ないのにもったいないよね、と伊作は続けた。
「だけど留三郎、いきなり灯台主について聞きたいだなんてどうしたんだ?」
「出向命令が出たんだよ」
「あー……ご愁傷様」
「おまえは辞令ないのか?」
「僕は相変わらずだよ」
肩をすくめて伊作は答えた。
「おまえの方がよっぽど向いてるってのに。人生うまくいかないもんだな」
こういうところの運はいいんだよねえ、まあいつでも協力はするからさ、と言う伊作の言葉は嘘でないだろうが、今の自分には辛い。
がっくりと肩を落とした留三郎を慰めるように伊作は言葉を継いだ。
「誰も最初の望み通りなんていかないよ。僕たちの同期で叶ったの、長次くらいじゃないか?」
「あいつは広報部だったか」
留三郎が異動願いを提出し続けて四年が経つ。
ふと思い出して留三郎は言ってみた。
「先生が壊したって騒いでいたが」
ゆっくり櫂を漕ぐと粘つくようにまとわりつく、暗く深い紺碧に無数の星がきらめく。
「ここは星の海って言うらしい」
地図を広げながら伊作が教えてくれる。
「このまま進めば望月岩、十六夜島」
「全部その調子なのか」
学院での講義を思い出そうとしながら留三郎は尋ねた。教授はたいへん穏やかで分かりやすい教え方の老人だったが、五千年分の歴史ともなると重大事件を覚えるだけでも一苦労だったのだ。辺境の星々を調査したのはいつだったか。几帳面にひとつひとつの残骸に名前を付けるようなのは誰だったか。群れから一つ外れた赤い光は宵待月、いまだ強く光を放つ黄色は盈月、微かに見えるものの今にも事切れそうな明滅する緑色は新月──。
「そうだ、東の民の名付け方だ」
口に出したと同時に手を止めてしまったらしい。揺れた船縁に勢いよく伊作の頭がぶつかる。
「どうかした?」
「いや、いちいち月の名を与えた昔の連中を思い出そうとしてさ。俺らのご先祖様だったなと」
「ここに駐在いないよな?」
「当たり前じゃないか」
先ほどの恨みを忘れていなかったと見え、伊作の口調はやや棘がある。それでも説明を続けてくれた。
「ここはゴミ捨て場でしかない。それもだいぶ前の話。現在は特定指定遺跡であり──つまり古ぼけた田舎の史跡ということだね。ろくな警備もないけれど一応許可のない立入禁止。たまに物好きな学者が来る程度だね。漁るには遠すぎる、非正規品だってバレバレ、何より他国と揉め事を起こすのはごめんだから近付かない」
ここで一息つき、ちょっと考えたように顎に手をかけた。
「……にしても放置しすぎな気はするけどね。僕の研究じゃこの信号機が重要で、絶対調べた方がいいんだよ。誰もやらないってことは何か不都合があるんだろうね」
ふうん、と相槌を入れる。
「とにかく、少なくとも五百年は人が住んでいないはずだね。ほらあそこ、」
指差す方向を見れば小さなラジオが置かれていた。
「定期船運行規定に義務付けられてるだろう?あの型番は六百年前のものだ。今でも少し動いているみたいだけど、あんな場所じゃ意味ないし、誰もメンテナンスをしていない」
「灯台主用ではないのか」
「灯台主はここからだいぶ離れた星の管理官だよ。それでも一番近いから管理を任されただけ。何もなきゃ見回りさえしないんじゃないか」
それじゃ勉強がてらこの探索に付き合った自分は何だったんだ?と口に出す前に伊作は付け加える。
「だけどやっぱり、灯台主という名前で名目上の管理が続けられている以上、ここは大切な地さ。この目で見ておくのは損にはならないよ」
「落ち着いたらお前に許可証を出せるようにするか」
「ありがたいけど職権濫用は感心しないねえ。というか、発行の権限は事務局長じゃない?今の部署の」
「えっ嘘だろ」
「灯台主なんて兼職だろ?お前の主任務は変わらないと思うけど」
嫌な直感が胸をよぎった。隣を見ると伊作もこちらを見つめている。
「……同じ考えか?」
「……だろうね」
穴が開いている。それは見事に大きな穴が。海の底さえ覗けそうなぽっかりとまん丸な暗闇に、左に傾いた船体に、窪みから落ちていった磁石。二人は顔を見合わせた。
「……帰れるか、なんて聞かないけど」
「救難信号を出すのもな……」
グレーな方法で渡航したのは置いておいて、次の職場で迷いましたなんて外聞が悪い。
「時間に余裕はある。修理しよう」
「盗人の真似事は嫌なんだけどね」
伊作は口で言うほど嫌そうな素振りは見せず、軽くハンマーを振ってみせた。
「僕が鑑定するから。留三郎は集めてきて。整備に必要な数は多くもないだろう?」
そう言うとさっさと座り込み、青布の上に先ほどの小石を広げ始める。己の懐を探るが、やはり砥石もノミも紛失したようだった。諦めて森の方へ目を向ける。一人が怖いわけではないが、初めての辺境なのだ。
森は外光が差し込み、携帯ランプがなくとも足元まではっきりと視認できた。武器一つないことが心配だったが、予想よりスムーズに探索出来そうだ。地表を覆う苔類は留三郎が知っているものもいくつか確認したが、どれもさして珍しくない。一見すると故郷と錯覚しそうになる。ただし真っ青に覆われた岩が透き通るガラス質であることや、おそらく年中茂っているだろう巨木の葉が石のように硬いことを除けばの話であるが。